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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5570号 判決 1965年10月07日

東京都杉並区永福町三七三番地

原告 保坂すみえ

右訴訟代理人弁護士 藤田馨

同都渋谷区金王町三六番地

被告 資生堂美容室株式会社

右代表者代表取締役 福原由紀雄

右訴訟代理人弁護士 桜井忠男

吉井規矩雄

右当事者間の昭和三九年(ワ)第五、五七〇号損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、金三万円およびこれに対する昭和三九年六月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告

1、被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三九年六月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行の宣言。

被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、原告は、昭和三八年五月二一日被告の経営する美容室でパーマネントウエーブをして貰ったところ、これを担当した訴外宇梶奈都江は、(一)シャンプーによる洗髪を十分行なわず、(二)コールド第一液を多量に塗附したまま約三〇分放置し、(三)コールド第二液による中和も完全に行なわず、原告はこのため、前額上部に火傷をするほか、頭髪が前額部から顱頂部にかけてひどく焼損し、その後一年を経過しても従前の髪の量に回復しないという被害を受けた。

二、原告の受けた右被害は、美容術を担当した同訴外人の右に述べた過失に因ることは明らかであり、同人は被用者としてその業務を担当したのであるから、被告は使用者として原告の蒙った害損を賠償する責任を免れない。

三、原告は旧制高女、洋裁家院を卒業し、同年三五年一月以来都内で、洋裁の下請を営み、月収六万円を下らない未婚の女性で、将来結婚する考えであるが、女性の生命ともいうべき頭髪部等にかような被害を受け、絶望、不安、また焦燥感に苛なまれ、これが精神上の損害は金一〇〇万円を下らない。

四、よって、原告は被告に対し慰藉料金一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である同三九年六月二七日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、答弁

一、原告がその主張日時に被告の美容室において、被告の被用者である右訴外人からパーマネントウエーブの施術を受けたことは認める。原告の身分、職業関係は不知、その余の事実は否認する。

二、訴外人が当時使用したコールド第一液等の薬品は所定の基準に合格したもので、これが使用についても通常の用法に従っており、その間訴外人に何らの過失はない。

要するに、原告はパーマネントウェーブがよくかかって頭髪が十分縮れたため、これを不快に感じたまでのことであり、右の縮れについても、被告はその後原告の納得のゆくまで手直しをしており、以上の理由により、原告の請求には応じ難い。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告が昭和三八年五月二一日被告の経営する美容室において、被告の被用者である訴外宇梶奈都江からパーマネントウエーブの施術を受けたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を綜合すると、

(一)  本件美容術を行なうに当り、美容師である訴外人は原告の髪が通常人よりも柔軟で腰がなく、ウエーブのかかり易い性質であることを知りながら、ウエーブをつける薬品のアリミノ・コールド液(第一液)を適量を超えてつけたまま、通常の髪の持主の基準である一五分乃至二〇分以上の時を経過させ、その後の洗髪を十分に行なわず、右施術の結果、原告の頭髪はちりちりに縮れて著しく傷み、かつ髪の生え際に沿って皮膚が赤く腫れ上り、特に前額部の中央が可成り腫張した。

(二)  右腫張部分はその後三週間位で治癒し、頭髪も翌々日被告の美容室で伸して貰い一応の格好はついたが、同年六月中旬頃から脱毛がひどくなり、医師の診察を二回受けたがこれという効果はなかった。しかし、現在では何ら目立たずほぼ従前の程度にまで回復した。

以上の事実を認定することができ、≪証拠省略≫中右認定に反する部分はたやすく採用できず、他にこれを左右する証拠はない。

右の認定事実からすると、原告の頭髪等の損傷は、美容術を担当した訴外人が、美容師として右施術の事前、または、その中途において、十分注意を払って適時適切な処置をとれば容易に防止できたにも拘らず、これを怠った過失に起因するといわざるを得ず、原告が女性の生命ともいうべき頭髪等の損傷により精神上の損害を蒙ったことは推測に難くないから、被告は訴外人の使用者として原告の右損害を慰藉する不法行為上の責任を免れない。

三、≪証拠省略≫によれば、原告は三八才の未婚の女性で、昭和二四年以来洋裁師として自立し、本件事故発生以前から鐘紡銀座サービスステーションの下請をなし、月収八万円程度であること、他方、被告は美容師約七〇人、助手約四〇人を使用する美容院を経営していることが認められ、右事実と本件事故の原因、態様、原告の頭髪等のその後の経過等諸般の事情を考慮すると、原告が被告に請求することができる本件慰藉料は金三万円が相当であると考える。従って、被告は原告に対し、右三万円およびこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年六月二七日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を有する。

四、よって原告の本訴請求は、右の限度で認容し、これを超える部分は棄却し、民事訴訟法第九二条但書、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎啓一)

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